同友会ニュース

2014年3月31日

宇高昭造さん 追悼


▲愛媛大学提供講座で講義する宇高さん(2013年12月5日)
 宇高昭造さん追悼
 
 泉製紙株式会社 代表取締役社長であり、愛媛同友会 同友会大学学長•中同協 元全国幹事の宇高昭造氏が3月10日に逝去されました。享年71歳。
 宇高氏は愛媛同友会設立1年後の1986年に愛媛同友会に入会。労働委員長を1992年から1997年の6年間、四国中央支部長を1998年から2003年の6年間、同友会大学学長を2003年から2013年の11年間、全国幹事を1990年から1995年の6年間務められ、愛媛同友会ならびに同友会運動発展のために尽力いただきました。
 また、“中小企業は市場という大海を埋め尽くすことはできない。しかし、美しい島をつくることができる”というモットーのもと“安心と安全と希望の経営”という経営理念を掲げ、環境に負荷をかけない経済活動の実現に向けて尽力を尽くしました。
 心からご冥福をお祈り申し上げます。
 
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宇高昭造氏のこと
赤石義博さん  中小企業家同友会全国協議会 前会長・相談役幹事
 宇高さんを思うといつも変わらない柔和な笑顔が目に浮かびますが、経営者として、技術者として、そして、それ以上に深い人間として沢山のことを学ばせて頂きました。
 宇高さんとたっぷりお話し出来た最初は1994年3月15日のことでした。
 この日は川之江会場での3月例会開催の日で、宇高さんは高松空港に私を迎えにきて下さいました。高速道の未だない時ですから会場の川之江商工会議所会館まで3時間前後たっぷり話を伺いました。
 私が川之江から瀬戸内に汚れた水が流れ出しているのではと云ったとき、宇高さんはその水は必ず奇麗に出来ると話され、更に最も力説されたのは、再生紙のことでした。そのときも、技術者としての使命感を熱く感じさせられましたが、それから20年、遂に実現しながらも公の成果とし、地域貢献に資されていることに深い感銘を覚えます。
 2007年2月のことも忘れられません。第4期同友会大学の全講義が終了した翌日・25日の日曜日、卒業式が行われ学長の宇高さんの卒業記念講話がありました。
 前半は、補助作業者として中途採用した人が、何にでも通用する考え方の基本を体得して貰えるような接し方が、彼の心の琴線に触れたのか、自律的積極的な努力の人に変身したという自社体験のことでした。私が深く感じさせられたのは、ここから宇高さんが引出し教訓とされている次の言葉と行動でした。
 「世の中を『人間らしく生きられる社会づくり』という素敵な価値観で満たしたい。その具体的な形とは何か。それを誠実に追い求めているのが同友会です。一度に世界を『誠実で、心の温まる考え方』で覆い尽くすことは出来ないかもしれない。しかし、愛媛同友会という『小さな島』を、自社という『小さな島』を、そういう世界にしていくことは可能です。先ずそこから、自分から始めましょうよ」と結ばれました。心に沁みました。
 この宇高さんの言葉を、世界中のより多くの人に共鳴実践して頂けるよう一層努力して参ります。時には尻を叩いて下さい。
 
 
宇高さんへ送る
服部豊正さん  服部製紙株式会社 代表取締役/愛媛同友会代表理事
  この度の貴方の突然の訃報は、いまだに信じられない思いであります。
 貴方とは同友会の川之江支部(現・四国中央支部)の設立時から、一緒に行動し学びましたね。設立総会には大田堯先生にお越しいただき、記念講演で教育の本質を学んだような気がいたしました。人間は成績により順に並べるのではなく、1人ひとりをその持ち味でとらえるべきであると、今まで聞いたことがなかった考え方を学びました。さらに、前会長の赤石義博さんや、北海道同友会の大久保尚孝さん、中同協の国吉昌晴さんをはじめ多くの先輩に愛媛にお越しいただき、たくさんの学びをしましたね。そんな中で、貴方はそれらの学びを自分の中で消化し、生かしていたのが大変素晴らしいと思っていました。
 当初、同友会の理事会のために毎月1~2回、松山へ行きました。その時には交互に車を出し合い、4~5時間かけて行ったのが懐かしく思い出されます。その車内で話し合ったのは経営のこと、仕事のこと、将来への展望、そしてやはり一番は社員のことだったと思います。社員が生き生きと働ける職場をどうやってつくっていくか、どうすれば社員が働きがいを感じることができるか、また私たち経営者も本当に世の中のお役にたつにはどうすればいいかと、松山までの時間が短く感じられるほどに話し合いましたね。
 貴方とは、愛媛パルプ協同組合や家庭紙の業界で色々とお付き合いをさせていただき、色々と勉強させていただきました。しかし何と言っても、アイネット株式会社の設立です。貴方なしでは、この会社の設立は考えられません。貴方が2~3年前に言った「服部さん、アイネットを作っていて、本当に良かったですね」という言葉は、今でも私の耳に残っています。
 時代は急激に変化し、家庭紙の業界、愛媛パルプ協同組合、スバル株式会社、アイネット株式会社、そして関係各社にとっても、大きく変化が要求されている時です。まさにあなたの力が必要な時なのに、ご逝去され残念でなりません。しかしながらこれからは、残された私たちがあなたの分までがんばっていきますので、どうか安らかにお眠りください。
 
 
宇高昭造氏を偲んで
大野栄一さん  株式会社大栄電機工業 代表取締役/愛媛同友会代表理事
 宇高昭造さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
 宇高さんといえば、私に優しく微笑み語りかける笑顔と、物事を深く突き詰める哲学的思考を思い出します。
 宇高さんは私と同時期に同友会に入会しました。その時期の私は、まだまだ経営者としての確固たる考えはなく、自分の経営をどうすべきかということばかり考えていました。自分自身に余裕がなかったことを思い出します。
 そんな折り、宇高さんは、私に優しく微笑みかけるのです。「大野さん、元気でやっていますか、仕事はどうですか」と、優しい言葉で声をかけてくれます。余裕のない私にとって、その宇高さんの笑顔は、心を和ませる大変ありがたいものでした。その笑顔にもう逢えないことを思えば、胸が切なくなります。
 また、宇高さんと同じく同友会の支部例会に出席した折、グループ討論での宇高さんの発言は、なるほどと思わせる観点と深い考察がありました。とくに、同友会運動の社会的意義を自覚する発言は、私のような自分のことしか考えない経営者にとって、改めて同友会の大切さを感じさせるものでした。「道」を示してくれる先輩がいなくなったことも、ほんとうに残念に思います。
 しかし、悔やんでいても仕方がありません。残った私達で同友会を、経営を高めてゆきたいと思います。
 宇高昭造さん、安心して安らかにお眠りください。
 
 
宇高昭造さんへの追悼文
鎌田哲雄さん  愛媛同友会専務理事
 宇高さんは、物の見方や考え方を教えてくれたり、世の中の条理や不条理にどう立ち向かうのか、そして世界を自由に進取的に駆けまわれることの素晴らしさと人生を肯定的に考える事を時には、難しくそして分かりやすく考えさせてくれる私にとって“憧れの”人です。
 ある日、同友会運動の定義について宇高さんに尋ねたことがありました。『同友会運動は、人類史の中で経済活動を通して人間が全面的に発達することが可能であることを証明する運動だと思います』と言われ、それ以来私の事務局としての指針となっています。
 また、『企てられた世界の中でおもしろさを感じるより、おもしろさを企てる人間になることが大切』と1991年の第8回労使問題全国交流会で報告。私にとっての生きる指針となっています。
 今から5年ほど前に中小企業の商品が売れる世の中はどんな世の中ですかと尋ねてた時に『国政選挙の投票率が8割を超える世の中かな。国民が生きる事に真剣になる。幸せに生きるためにより良い世の中にしたいと思う人が沢山生まれる。その時に、中小企業の商品が真に評価される。それは中小企業が本物の商品を作っているから。』と言われました。そういう世の中になった時に、本物の商品を作っている中小企業を沢山つくること。同友会運動は、国民が生きることに真剣になる世の中をつくることだと改めて思うと同時に、形にないものを見る想像力をもつことの大切さを宇高さんから教えられました。
 宇高さんは星のひとつになりましたが、宇高さんの生きる姿勢や考え方は愛媛同友会の会風となっています。宇高さんの抱いている“憧れ”を引き継いでいきたいと思います。
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